演者からのメッセージ (講演抄録)
食道がん集学的治療における周術期管理 ―栄養とリハビリについて―
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 消化器外科学 食道疾患センター 講師
野間 和広
【緒言】 食道癌周術期管理においてはERASの食道手術における臨床的意義が検討されてきている.当院は2009年に周術期管理センター(Perioperative management center: PERiO)によるチーム医療を食道癌手術に導入し,これまでに1000例以上の症例に介入を行い様々な成果をあげてきた.中でも食道癌周術期管理における栄養管理とリハビリの重要性は言うまでもない.術前低栄養や低基礎体力に対して治療前から手術そして術後外来まで切れ目なくサポートする周術期管理を行っている.食道癌では多くの症例で術前化学療法(NAC)を行っておりPERiO介入を早期に導入し全身状態低下を防ぐ.
【術前化学療法時から介入する周術期チーム医療の有用性】 2015年からNAC開始前からPERiO介入し,以前のNAC後介入群(A群)とNAC前の早期介入群(B群)を比較するとNAC後体重減少はA群-1.65kg:B群-0.10kg(中央値)であり有意に体重減少を抑制できた(p=0.033).口腔粘膜傷害についてもより早期の介入開始が有効であることが証明された.リハビリでは早期介入群は骨格筋減少症例が通常の術直前介入群67%と比べ34%と大幅に減少した.
【周術期チーム医療の新たな試み】 食道癌手術症例では多くの症例で腸瘻を造設し術後早期経腸栄養管理を行っている.退院後外来フォローにおいても管理栄養士による『栄養指導外来』と,外科外来看護師による『腸瘻支援外来』の両輪を中心に患者個々に応じたアプローチを行っている.またリハビリにおいては,在宅管理が中心となるNAC期間において遠隔リハビリテーション(TR)の効果を検証した.RCTで2群に振り分け,TR群は通常ケアに加えて通信機能付きウェアラブルデバイスを用いた身体活動等のクラウド管理や理学療法士による電話指導を実施した.主要評価項目である6分間歩行距離はTR群ではNAC中および術直前において有意に向上した(NAC中:47.0m [6.7-87.4], P=0.022、術直前:52.0m [13.7-91.9], P=0.008).
【結語】 術前治療入院から術後外来まで切れ目なくサポートする食道がん患者に対する多部門連係による周術期栄養ならびにリハビリ管理により術後患者QOL向上を目指している.
術前栄養介入の新基準:GLIM基準低栄養と周術期アウトカム
がん研究会有明病院 胃外科
松井 亮太
低栄養は術後のアウトカムを不良にするため,その診断意義は高いが,これまで世界で共通した栄養介入の基準がなかったため,統一した基準が切望されていた。その背景の中,2019年に世界で低栄養診断のコンセンサスを得たGLIM基準が発表された。GLIM基準では筋肉量低下が診断項目の一つに組み入れられ,体組成評価の重要性が高まっただけでなく,筋肉量測定が低栄養の判定基準であることが周知された。また低栄養診断後には重症度の判定を行い,重度低栄養と診断された患者は特に術前栄養介入を行うべき対象となる。
我々はGLIM基準低栄養が重度なほど,胃癌術後の全生存期間,無再発生存期間が不良になることを示した。その理由の一つとして,GLIM基準低栄養の併存は術後補助化学療法のコンプライアンスを不良にすることが挙げられる。またGLIM基準低栄養は原病死だけでなく,他病死の独立した予後不良因子であることを示した。年齢別での検討では, 70歳未満よりも70歳以上の高齢者で予後への影響がより強かった。
既存の研究結果を系統的レビューおよびメタ解析でまとめると,術前GLIM基準低栄養は術後合併症のリスク因子であるばかりか(リスク比:1.82,95%信頼区間:1.28-2.60),全生存期間を不良にする予後規定因子であった(ハザード比:1.56,95%信頼区間:1.38-1.75)。GLIM基準低栄養は術後アウトカム不良を正確に反映するため,周術期栄養介入が必要な対象を同定するためのツールとして今後活用すべきである。
手術部位感染(SSI)防止対策を目指した術野消毒剤の臨床研究
慶應義塾大学医学部 外科学(一般・消化器) 助教
竹内 優志
手術部位感染は最も一般的な術後合併症の1つであり、患者のQOL低下のみならず、入院期間の延長や医療費の増大などのデメリットがある。この手術部位感染に対する最も基本的かつ重要な対策は、手術直前に行う切開部位の外皮消毒である。今回われわれが実施した597例(消化器外科領域の準清潔創)を対象とした医師主導の前向き無作為化比較試験により、日本で開発された新規の外皮用消毒薬であるオラネキシジン消毒薬が、従来から国内で汎用されているヨウ素系消毒薬と比較し、手術部位感染率を有意に半減(6.5% vs. 13.3%)させることが明らかとなった。また、さらに新たなRCTとしてオラネキシジンとクロルヘキシジンアルコールとの比較試験を行った。これらの研究成果は消化器外科領域のみならず、産婦人科や整形外科などあらゆる領域の手術や医療処置に応用可能と考えられ、これらの結果を踏まえたSSI対策に関して論じたい。
バイオマーカーに基づいた胃癌薬物療法の治療選択
愛知県がんセンター 副院長/薬物療法部長
室 圭
切除不能進行・再発胃癌に対する分子標的治療薬は、長らく抗HER2抗体薬(トラスツズマブ)のみであったが、米国TCGA(The Cancer Genome Atlas)プロジェクトからの報告など、治療対象の候補となる複数の遺伝子異常が明らかになっており、事実、最近数年で、新規の複数の治療標的薬が臨床導入された。わが国では現在、薬物療法の選択においてバイオマーカーを参照する薬剤として、トラスツズマブ以外に、免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)、新規抗HER2抗体薬物複合体(トラスツズマブ デルクステカン)、抗Claudin(CLDN)18.2抗体薬(ゾルベツキシマブ)が承認されている。これを受けて、日本胃癌学会では、適正な一次薬物療法を選択するために、「切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き」を発出した。本手引きでは、HER2検査に加えて、PD-L1 免疫染色(IHC)検査、MSI/MMR判定検査(MSI PCR検査およびMMR IHC検査)、CLDN18 IHC検査の計4つのバイオマーカー検査が進行胃癌の治療方針決定に必須な検査であり、一次治療前に4検査の同時測定を推奨する内容となっている。
本講演では、これらバイオマーカー検査の留意点やピットフォール、バイオマーカー検査結果に基づいた治療選択をどう考えるべきか、私見を交えてお話ししたい。
胃癌手術の教育(開腹、腹腔鏡、ロボット支援下手術)
埼玉医科大学国際医療センター 消化器外科 教授
櫻本 信一
胃癌に対する外科手術は全国的に減少傾向にある。次世代の胃外科医育成においては、少数例で根治性と安全性を担保した手技を習得させる必要がある。また、トレーニーの技量に応じた効率的な指導も大切である。
当院での年間胃切除は約200例で、開腹、腹腔鏡、ロボット支援下手術はそれぞれ30%、40%、30%である。胃切除の経験が少ない外科医(医師7-9年目)には、開腹と腹腔鏡を交互に執刀させ、胃外科解剖(膜構造)の理解とエネルギーデバイス(電気メス、超音波凝固切開装置)の使用法を習得させる。開腹術では大きな視野展開や出血させない剥離層、網嚢の膜構造、用手的(愛護的)膵圧排などを教育する。鏡視下手術では、拡大視効果を活かして血管前面の神経叢を意識したリンパ節郭清を教育している。これら開腹・腹腔鏡のメリットをそれぞれの術式へフィードバックすることにより、効率的な手技上達が実現されている。内視鏡外科学会技術認定取得後はロボット手術を執刀させ、アノテーション機能を用いてロボットアームでの視野展開とエネルギーデバイスの使用法を重点的に教育している。開腹、腹腔鏡、ロボット手術は手順や手技・デバイスは異なるが、切開・切離・剥離面はいずれの手術も同一であることを徹底して理解させている。また、血管周囲の操作・処理法は類似していることを教育し、各領域リンパ節郭清において実践させ、効率的に郭清手技を習得させている。
いずれの手術も部分執刀から開始して、習熟度に応じて手術が完遂出来るまで指導する。この際、予定手術時間内に安全に手術を終了させることが指導医の責務であり、円滑な手術室運営に協力することも大切である。これまでに内視鏡外科学会技術認定医を23名(胃:21名、食道:2名)、胃癌ロボット支援下手術プロクターを1名育成してきたので、当科での教育法を紹介する。
食道胃接合部癌再建におけるtrial and error
名古屋市立大学大学院医学研究科 消化器外科学 主任教授
瀧口 修司
食道胃接合部癌手術は,内視鏡手術による緻密な手技が可能となった現状においても高難度手術に分類される.本領域は、まだまだ成績は不十分であり改善の余地がありと考えている。当科では,2018年4月ロボット手術(RS)を導入以降,高度進行胃癌,残胃癌,術前化学療法施行症例,傍腹部大動脈リンパ節転移症例と併せて全例その適応とした.RSの経験数は2024年3月までに458症例,うち食道胃接合部癌は60例となる.腺癌かつ接合部からの食道切離ラインが4cm未満の症例に対して,経裂孔アプローチによる下縦隔リンパ節郭清および再建を施行している.現在,腹腔内再建例には食道残胃手縫い吻合(背枕法:縦郭内に挿入した穹窿部と腹側の横隔膜脚による逆流防止機構作成)を,縦郭内再建例ではDouble tract再建を第一選択とし,各々42例,10例に施行した.総手術時間は399分(202 - 647),再建時間は食道残胃吻合で67分(38-231),Double tract再建で138分(108 - 243)であった.縫合不全(Clavien-Dindo分類3以上)は,縦郭内再建を施行した7例に認めたが,全例ドレーンおよびW-ED tubeにて管理し得た.縦郭内高位再建や超高齢者で重篤な併存疾患をもつ症例では,腸間膜処理後の挙上空腸の血流動態を危惧し,食道残胃吻合を選択するようにした.吻合部狭窄は2例.逆流性食道炎(Los Angeles分類Grade C)は認めていない.食道胃接合部癌術後合併症の軽減を目指す上で,逆流防止機構のコンセプトに基づきRSの特性を生かした再建手技および術後管理の重要性を報告する.
食道胃接合部癌手術の再建法(胸腔内吻合)
京都大学 消化管外科 講師
角田 茂
進行食道胃接合部癌の手術では、20mm以上の病理学的口側断端確保と安全確実な消化管再建の担保が重要である。しかし、特に進行癌においては正確な食道浸潤長の術前診断は困難で、かつしばしば食道裂孔ヘルニアを伴うため、経裂孔的切除の可否を術前に判断することは困難である。当院では、低侵襲Ivor-Lewis手術を多数経験し、その有用性を報告しており(J Gastrointest Surg. 2013、 Surg Endosc. 2022)、食道浸潤長の長い食道胃接合部癌のみならず、十分な口側断端を確保したい進行癌や食道裂孔ヘルニア併存例に対しても、低侵襲Ivor-Lewis手術を積極的に施行している。発表では、手技上の工夫や成績を報告する。
【手術手技】
腹部操作を先行し体腔内で胃管を作成し、小開腹創より胃管の余剰部分を切離、Staple lineを埋没後に胸腔内に胃管先端を挿入し腹部操作を一旦終了する。腹臥位として、症例に応じた縦隔郭清を行ったのち、口側食道を切離し標本は経裂孔的に腹腔内に還納後、胃管を挙上する。吻合はOverlap法で行う。奇静脈弓頭側での吻合では胃管大弯後壁を吻合し共通孔は手縫いで閉鎖する。それよりも低位の吻合の場合には胃管大弯前壁と吻合し共通孔はスリット状に閉鎖し食道背側に胃管を縫着し逆流防止を付加するSO-EG法を行っている。いずれの場合も吻合部は大網で被覆する。再度体位変換を行い腹腔鏡操作にて標本を摘出、食道裂孔の縫縮と裂孔への胃管の固定を行っている。
食道がん集学的治療における周術期管理 ―栄養とリハビリについて―
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科
消化器外科学 食道疾患センター 講師
野間 和広
術前栄養介入の新基準:GLIM基準低栄養と周術期アウトカム
がん研究会有明病院
胃外科
松井 亮太
手術部位感染(SSI)防止対策を目指した術野消毒剤の臨床研究
慶應義塾大学医学部
外科学(一般・消化器) 助教
竹内 優志
バイオマーカーに基づいた胃癌薬物療法の治療選択
愛知県がんセンター
副院長/薬物療法部長
室 圭
胃癌手術の教育
(開腹、腹腔鏡、ロボット支援下手術)
埼玉医科大学国際医療センター
消化器外科 教授
櫻本 信一
食道胃接合部癌再建におけるtrial and error
名古屋市立大学大学院医学研究科
消化器外科学 主任教授
瀧口 修司
食道胃接合部癌手術の再建法(胸腔内吻合)
京都大学
消化管外科 講師
角田 茂